【 性暴力被害者の理解と医療従事者の援助 】    赤城高原ホスピタル

(改訂 02/09/19)


[目次] [はじめに] [性暴力被害者とは何か ―― 概念と動向] [性暴力被害者援助の必要性 ―― 性暴力被害者の理解に焦点をあてて] [性暴力被害者援助における医療者の役割と注意点 ―― 二次被害、身代わり被害を防ぐために] [性暴力被害者の将来へ向けて] [おわりに] [引用・参考文献]  


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[はじめに]

 もし、あなたが親しい人から「性暴力をうけた」と告白されたら、その人にどんな言葉をかけることができるでしょうか。あなた自身が性暴力を受けたら、まず何をするでしょうか。あなたは誰に助けを求めますか。誰の言葉を信じるでしょう。誰に相談すれば、その秘密を守ってもらえると思いますか。
 私は、看護師資格取得後、いくつかの職場を経て、1998年から2年間、常磐大学大学院人間科学研究科修士課程で被害者学を学びました。修士論文では、性暴力被害者を援助する医療従事者の研究をテーマに選び、I県内で母性保護産婦人科医療および相談機関に勤務する医療従事者の方を対象にして、臨床で実際に行なわれている援助の内容を知るために調査を行ない、今年6月に日本被害者学会で発表しました。 
 本稿では、私が被害者学を学び、また性暴力被害者の研究を通して見えてきたこと、大切なこと、私自身が勘違いをしていたことを中心に、みなさんの参考になればとの思いで述べます。


[性暴力被害者とは何か ―― 概念と動向]

性暴力被害者とは

 性暴力被害とは、いったい、どういうことなのでしょう。
 皆さんの中には、「本人が望まないのに相手が無理やり胸や下半身を触ること」や、「本人が嫌がっているにもかかわらず、相手が暴力をふるって無理やり性交をすること」をイメージする人もいるでしょう。被害者となるのは、若い女性だけと思う人もいるかもしれません。
 現在、日本で犯罪を取り締まる法律である刑法(明治41年に制定)には、「性暴力被害」と「性暴力被害者」を、明確に定義したものは、実はありません。「強制わいせつ罪」と「強姦罪」があるのみです。
 刑法の定める強制わいせつ罪では、13歳以上または13歳未満の男女に対し、暴行、また脅迫を用いて、わいせつな行為をした者は加害者になります。強姦罪では、13歳以上の女性に対し、暴行、または脅迫を用いて姦淫した者は、加害者になります。この場合の姦淫とは、男性の性器を女性の性器に挿入することをいいます。したがって、このことを証明できない場合は、強姦とはいいません。また、男性が被害者になっても強姦とはいいません。以前は、被害者が大けがをしていないと、警察では強姦とは認めにくい傾向もあったようです。 
 さらに「強制わいせつ罪」と「強姦罪」は、「親告罪」です。それは、他の犯罪と異なり、被害者自身が「わいせつなことをされた」もしくは、「強姦された」と警察に通報することと、「告訴」と呼ばれる「犯人を捕まえて処罰してください」という手続きを行ってはじめて警察が加害者を捜査をするというものです。ちなみに、告訴には以前、被害後に加害者が判明してから6か月以内でなければ扱わないという「告訴期限」がありましたが、2000年5月に法律の一部が改正され、この「告訴期限」はなくなりました。
 こうしてみると、刑法で定めていることは、現代に生活する私たちがもしも被害者になった時、なんと被害が証明されにくいものかと、愕然とする人もいるでしょう。しかし、実は強姦を含めた性暴力は、被害者と加害者の双方に証拠がたくさん残る「犯罪」です。 
以下の論を進める都合上、本稿では「性暴力被害者」を次のように定義します。
 1)本人の意志に反して性交され、性器への接触や異物を挿入された人であり、身体的もしくは心理的な危害、または苦痛となる行為をされた者をいいます。この場合、被害者は年齢、性別を限定しません。
 2)さらに、被害によって生命と人格を脅かされ、基本的人権と性的自由を侵害された人をいいます。

日本国内の被害件数の動向

 次に日本国内の性暴力被害件数の動向を説明します。公的な統計には、被害者から警察に届けられた、強制わいせつ罪と強姦罪が登場します。1994年以降5年間の統計から、警察に届けられた(認知)件数と、警察が加害者を捕まえた(検挙)件数と、人数(検挙人員)をみると、(表1)いずれも、認知件数よりも検挙件数のほうが少なく、さらに検挙人員のほうが少ないことがわかります。





 警察庁は1996年から、被害を受けた女性が訴えやすい環境をつくるために、全国に女性相談交番や、駅に女性被害相談所を設置しました。届出(認知)件数が少しずつ増えている背景には、こうしたこともあるでしょう。
 ただし、ここで注意しておかなければいけないのは、警察に届けられた件数と、実際の被害の件数には大きな開きがあるかもしれない、ということです。現実には、被害者が黙っていれば警察はその被害を知ることはほとんどできません。そのため加害者が何度も犯罪を繰り返す(累犯)ことも起きてきます。


[性暴力被害者援助の必要性 ―― 性暴力被害者の理解に焦点をあてて]

レイプ・トラウマ・シンドローム(Rape Trauma Syndrome )とは

 性暴力被害に遭ったとき、被害者は、現実にどのようなことを体験するのでしょう。
みなさんのなかには、レイプ・トラウマ・シンドローム(Rape Trauma Syndrome )という言葉を、北米の看護診断に関する翻訳された文献の中で見つけたことがある人がいるかもしれません。
 レイプ・トラウマ・シンドローム(Rape Trauma Syndrome )は、1974年に北米で出版されたPsychiatryという精神医学雑誌に、精神科看護婦アン・バージェスとリンダ・ホルストロームによって発表された論文のタイトルであり、同時にその論文の中で性暴力被害者の特徴的な心身の症状をあらわす言葉でした。
 バージェスらは性暴力被害者に直接、聞き取り調査を行ない、被害者の被害直後の危機的な身体的、精神的、社会的な症状とそれに続く長期の症状を明らかにしました。この中で沈黙反応と名づけられた一見極めて冷静にふるまう被害者の存在も明らかになりました。
ここで注意が必要なのは、北米ではレイプ(rape)という言葉は、日本の強制わいせつと強姦の表わす意味よりも、もっと広い範囲を表わし、被害者は男女含め年齢は関係ありません。本稿における性暴力被害とは、このレイプとほぼ同義です。
 以下ではバージェスらの研究成果を参考に、性暴力被害者に起こるさまざまな問題を、身体的、精神的、社会的、経済的な視点からまとめてみます。

身体的な視点から見た被害の実際

 第一に、被害を受けたときに生じる外傷です。加害者は被害者の同意がないまま性交する目的をもち、被害者が抵抗できない状況にするために、全身を殴る、蹴る、刃物で刺す、切る、噛むなどの暴力をふるうことがしばしばあります。そのため、被害者には性器そのものと性器の周囲の外傷だけでなく、骨折や打撲、擦過傷など、重傷から軽傷まで、さまざまな外傷が残ります。ただし、加害者のなかには、全く暴力をふるわず、恐怖や驚愕によって被害者を凍りつかせるようにして心身の抵抗を奪う場合もあり、ほとんど外傷を見つけにくいこともあります。
 第二に、被害者の膣内でコンドームなしに射精された場合、妊娠の可能性が生じます。
 日本では第二次世界大戦後に「優生保護法」が定められ、1996年に「母体保護法」に改正されました。この2つの法律では、妊娠22週未満であれば、強姦の被害者本人および配偶者の同意のうえで、医師は人工妊娠中絶術を行なうことが認められています。しかし妊娠22週を過ぎた場合には人工妊娠中絶術は行なえません。もしも強行すると医師は胎児の殺人罪を、妊娠した被害者は堕胎罪を問われます。実際に、強姦された後、妊娠22週以後に妊娠に気づいてやむをえず出産をした被害者の報告もあります。
 第三に、加害者の精液と血液からHIVウイルス、肝炎ウイルス、梅毒や淋病、ヘルペス等の感染だけでなく、性器や陰毛との接触によって、毛ジラミや、疥癬等のSTD(性感染症)に感染する可能性も生じます。その他、感染性の皮膚炎に罹るかもしれません。
 第四に、急性のストレス反応として、嘔吐、食欲不振などの消化器症状、性生殖器官の不快感、頭痛や、筋肉痛などの筋の緊張、不眠や朝早く目覚めてしまう、イライラ等が起きます。

精神的な視点から見た被害の実際

 被害者は精神的に深く傷つくことが多いといわれています。
 被害者のなかには、被害に遭ったときに感じた、「加害者にこのまま殺されるかもしれない」という恐怖と、自分の心と体を支配されるという痛みと屈辱をいつまでも繰り返し感じる人もいれば、恐怖と衝撃が強すぎて何も感じない、何も覚えていないという人もいるようです。
また、「怖い、苦しい、辛い、腹立たしい、私の苦しみをわかって欲しい」と思う一方で「私に隙があった、不注意だった、私が悪かったとは言われたくない」と考える人もいます。そして、「誰かにきちんとケアしてほしい、でも、そっとしておいてほしい。もう、これ以上傷つきたくない」等、相談する相手を求めながらも誰に相談すればよいかわからず、他方では、強姦されたことはなるべく秘密にしたいというジレンマに深く悩むようです。
 被害者は、「もう、誰も信じられない」と、激しい人間不信に陥ることもあります。なかには、「加害者に復讐したい」と激しい怒りと憎しみを感じる被害者もいます。
 被害者が、さまざまな感情を持つのは当然のことなのですが、被害者自身がその感情に振り回されてしまうことがしばしばあります。適切な援助が受けられないまま、自分の今後の行動を決めることができず、妊娠や感染症の早期の予防行動がとれなかったり、被害の証拠となるものを捨ててしまったりして、結果として回復の妨げになってしまうことも少なくありません。
 北米の精神医学会はPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)を発症させる原因のひとつに性暴力をあげています。

社会的な視点から見た被害の実際

 社会的には、身体的な外傷と精神的な痛手から回復するために治療を受けたり、警察や弁護士に相談するために、学校や職場、家事等、それまで行なっていた社会的活動を休まなければならないということがしばしば起きてきます。また、被害を受けた場所が、アパートの自室、自宅、学校、通勤、通学途中や職場だった場合、そこにいること自体が大変苦痛に感じられることも多いようです。休職や休学が長引いた結果として、失業、退学、引っ越しや転職に迫られる場合もあります。
 さらに、強姦のことを相談した相手からの言葉に傷ついて、被害者のそれまでの友人や恋人との不和や破局、家庭内で家族との不和や離婚も生じ人間関係の悪化や孤立化が起こります。

経済的な視点から見た被害の実際

 経済的には、外傷の治療、抗生剤などの薬代、望まない妊娠の予防や人工妊娠中絶術、肝炎ウイルスや多くの性感染症の検査、予防や治療を行うための費用、及び診断書の代金も含めて、すべて被害者側の負担となります。日本国内では、強姦の被害後の治療は、病院や診療所を受診した場合、健康保険がききません。病気ではないので、保険の中で請求できないという仕組みになっています。
 そのため、被害者は、強姦されたとは言わないまま「学生なので妊娠できない」、「経済的に妊娠を継続できない」、「恋人から(または夫から)性病をうつされたかもしれない」などと、できるだけ健康保険が適応されるように言い訳をして、妊娠予防のためのピル(性交後72時間以内に服用するピル)を処方してもらったり、性感染症の治療や人工妊娠中絶術を受けたりする場合もあるようです。なお現在、HIVウイルスの血液検査だけは、保健所で無料検査ができます。ここでは、強姦されたことを言う必要はありません。

「被害を語る」ことへの複雑な心理と行動

 被害者は、加害者にまた襲われるかもしれないという恐怖を感じます。警察に届け出ようかどうしようか、届け出たことによって加害者に報復されたくない、と悩むようです。警察に届けないかわりに、弁護士に依頼して加害者に慰謝料を請求する人もいます。
また、加害者が顔見知りの場合や、自分より権力を持つ立場の場合には、警察に届け出ることで不利になってしまったらどうしよう、という悩みも起きます。 
 被害者が警察に届け出ない理由として、言いたくない、知られたくない、また、警察や司法関係者、医療従事者、家族や知人の不適切な援助によって、さらに傷つきたくないと、考えることもあるようです。性暴力被害後、被害者が周囲の人の不適切な対応によってさらに、身体的、精神的、社会的に不利益を被ることを、二次被害(Secondary Victimization)といい、日本では、一般にセカンドレイプという呼び方をします。
 実際に、日本国内では、加害者が顔見知りでない場合は犯罪として成立しやすく、逆に加害者が顔見知りの場合は犯罪として成立しにくい傾向がある、という統計があります。たとえば、学校の先輩と後輩、職場の上司と部下あるいは同僚といった関係の場合、加害者が「(被害者とは)以前から恋愛関係だった」「相手の同意があった」と言い訳をすることがしばしばあります。親戚、家族の間に性暴力被害が起きた場合や、加害者が少年だった場合には法律が整備されていないために、犯罪として証明することが難しいこととされてきた、ということも大きな問題です。これらのことも、被害者が被害の事実を訴えにくい背景にあるといえます。
 被害者のなかには「誰にも相談できない」と追いつめられた気持ちになったり、強姦という事実を被害者自身受け入れがたくて、「被害に遭ったことを加害者に確認したい、謝罪させたい」という欲求にかられて、加害者に何度も電話や手紙で連絡をとったり、会って話し合ったりする被害者もいます。ときには、被害者と加害者の人間関係の中で、第三者からみると「信じられない」と感じられるようなことも起きることがあります。


[性暴力被害者援助における医療者の役割と注意点 ―― 二次被害、身代わり被害を防ぐために]

医療従事者の役割を考える

 ここで、医療従事者は性暴力被害者に何ができるかを考えてみましょう。あなたが産婦人科外来で働く看護婦だったら、次のような事例に出会ったとき、何をどう考えどのような援助を行ないますか。

1) 10代の高校生が下校途中に強姦されたと両親と3人で来院しました。医師は警察に届け告訴することをすすめましたが、母親はその言葉にショックを受けて「そんなことをしたら世間の恥です。この子が嫁にいけなくなる」と大声を出し、父親と被害者は黙っています。
2) 20代の独身女性が一人で受診しました。上司に強姦されたと言い、「訴えてやるんだ」とすごい剣幕です。1週間前に上司と同僚と一緒に酒に酔い、被害者だけがホテルに誘われて強姦され、その後シャワーを浴びたそうです。目に見える範囲で外傷は見つかりません。
3) 40代の既婚女性が「妊娠したかもしれないが経済的に生めない」と言ってやってきました。顔や両腕に外傷があり、性器にも不自然な裂傷があります。どうも性暴力被害を受けた可能性が高いので医師が聞いてみましたが、本人はうつむいたまま黙ってしまいました。
この3人の患者さんに対し、あなたは何ができるでしょう。

 もっとも大切なことは、被害者の意志を尊重することです。次に、被害者の受けた性暴力の事実を冷静に観察して記録し、証拠として保存していくことです。第三に、被害を最小限におさえるために、必要な情報を患者に提供して、患者の同意のうえで、可能な範囲の検査や治療を行なうことです。これらは、基本的に通常の看護の仕事と同じです。しかし、性暴力被害者援助の臨床では、無意識に被害者を傷つけたり、逆に自分が過重なストレスにおそわれたりすることがあります。以下に、医療従事者が陥りやすい危険な落し穴をあげてみましょう。

医療従事者自身が気づきにくい落し穴

 あなたは、上の3人の事例を読んで、どのような感情が心の中に沸き起こったでしょうか。たとえば、「加害者は卑劣な奴だ」、「すぐに警察に届けるべきだ」とか、「かわいそう」、「この女性は大げさなのではないか」、という感想を抱きませんでしたか。こうした加害者に対する怒りや、被害者に対する同情や憐憫、侮蔑や批判等の援助者の主観は、自覚的にコントロールされない場合、二次被害(Secondary Victimization )を起こす可能性があります。
 二次被害は、被害者の意志とは無関係に医療者側の判断だけで援助を進める際に起きます。二次被害は援助者と被害者との双方のコミュニケーション不足から起きるともいえます。つまり、医療者側からみると「被害者にとってよいと思って行なうことが、いっそう被害者を傷つけてしまう」ということです。
 特に、警察への通報は被害者自身が決めることです。先に述べたように被害の届出をめぐって多くの被害者は悩み、また非常に敏感になっています。医療者が被害者に警察へ通報をすすめる際には、被害者の意志を尊重して、被害者の年齢、加害者との人間関係と被害の状況、本人や家族の状況を考慮して行い、被害者が子どもの場合はさらに慎重にしましょう。現在は、警察に性暴力被害者専用の電話相談があるので、まずはそこに相談することをすすめるのもいいかもしれません。
 次に、日本ではあまり知られていない、身代わり被害(Vicarious Traumatization)について説明します。身代わり被害は代理受傷とも訳され、援助者が被害者によく似た激しい心身のストレスを受け、援助者自身の人間関係の悪化や、職場や社会での不適応を表す言葉です。性暴力被害者を援助する医療者には、被害者と同じ女性が多いため、被害者の援助を重ねていくと、ストレスがたまり、自分が被害を受けたことのように苦痛に感じる人も少なくありません。また、援助者自身が、子どもの頃に痴漢にあって恐い思いをしたことがあるなどの体験を持っている場合もあります。そのような場合、その恐い体験を安全な場所で話して、誰かに受けとめてもらった体験がないと、いざ性暴力被害者を援助する段になって、過剰に被害者に同情的になったり、逆に被害者に批判的になったりしてしまい、効果的な援助ができなくなります。援助者自身の心的外傷(trauma)が癒されていないと、被害者にかかわったことがきっかけでその苦しさが再び繰り返される可能性があり、被害者と援助者双方が危険な状態に陥ります。こうした危険を防ぐには、援助者側に教育やトレ−ニングとともに適度の休養を保証するだけでなく、定期的に職場で患者カンファレンスを開き、自由に意見交換ができることや、ディブリ−フィング(活動後の反省会)を行ない率直に感情を話し合い、必要ならカウンセリングをうけて個別の治療を行ないます。


[性暴力被害者の将来へ向けて]

性暴力被害者の適切な援助

 性暴力被害者の適切な援助とは、いうまでもなく、被害者が望む援助を提供することでしょう。それを現在の日本の医療事情の中で行なうには、被害者がみずから警察に通報し加害者を処罰してほしいと望む場合は、被害の事実を観察、記録し具体的に証明することです。被害者の年齢、被害の日時、最終月経の月日、いままで使っていた避妊方法、特定の性的パ−トナ−の有無、現在の妊娠の有無、加害者と顔見知りかどうか等です。こちらから被害者に質問することは最低限にします。被害者のプライバシー保護に努めます。
 また、次のことがらは被害認定と加害者の特定に大きな意味をもちます。医療者ができることには限界がありますが、知識を持っていることは大切です。必要に応じて被害者にアドバイスしてあげてください。
 被害後、性器の周囲をぬぐったティッシュはそのまま捨てずに紙袋に入れます。被害者は被害当時の衣服のまま着替えを持って、すぐに警察に通報した後に、産婦人科を受診して膣内の精液の採取や妊娠検査、感染症の検査や採血を受け、外傷は写真を、骨折はX線撮影を撮ります。膣内では7日間くらいは精液は残っていると言われます。被害時の衣服は丁寧に脱いで紙袋に入れ、被害者の爪の内側に残った加害者の皮膚片等は取り出して紙袋に入れ、すべてを冷蔵庫に保存します。ビニール袋だと湿気がこもって中身が腐敗してしまいます。ティッシュや衣服、被害者の身体に付着している加害者の精液や血液、唾液、皮膚片や体毛から、警察ではDNA鑑定によって加害者を特定することが可能です。警察では被害者が産婦人科受診時にこうした証拠をそれぞれ採取し保存する、レイプ・キットを使い始めているところもあります。
 一方で警察に届け出る意志のない被害者、または被害を隠したがる被害者には、医療者は警察への通報を強制せず、これ以上被害者が心身ともに傷つくことがないように、妊娠の予防や感染症の検査や治療を行なうことが大切です。将来、被害者が「やはり警察に届けたい」ということがあるかもしれません。その医療機関を受診した記録は、被害者にとって重要な証拠の一つになります。
性暴力被害者の精神的な援助とは、実はこれまで述べてきたことすべてが、被害者の心のケアになるのです。性暴力被害者は、同意のない性行為によって、それまで持っていた社会に対する安全と人間に対する信頼を大きく損なってしまいます。援助者は、被害者の意志を尊重すること、ここは安全な場所だと被害者が安心できるような援助を慎重にすすめることが大切です。援助者が適切な援助が提供できれば、それ以上被害者は傷つくことは少なくなります。特別なカウンセリングや精神科受診は、実は、被害を受ける以前の家庭や社会環境の中で、すでに性暴力や虐待やいじめを繰り返されてきた人にこそ、必要になります。そういう慢性的な心的外傷、いわばPTSDの治療は誰でも行なえるというわけではありません。援助者は常に被害者のプライバシーの保護に配慮しつつ、被害者の自殺や自傷行為、精神状態の悪化の可能性を考慮しながら慎重に治療を行なう態度と、安全な環境が必要になります。

克服すべき課題

 日本の性暴力被害者の援助において、これから克服すべき課題はたくさんあります。
 まず、医療従事者の多くが、"沈黙する被害者"に気づかないことです。目の前にいる患者が被害にあったと言わなければ被害に気づくことは難しいのが現状です。そのために、医療者に対する教育、トレーニングをする教育機関がぜひ、必要です。次に、被害者を経済的に救済する法律が必要です。そして、警察を含めた司法・医療・福祉・教育・被害者援助団体の連携を進めることです。 
 北米では、性暴力被害者を援助し証拠を保存するための特別の研修を受けた看護婦を「性暴力被害者調査看護婦:Sexual Assault Nurse Examiner, SANE]と呼び、医療機関やレイプ・クライシス・センター等で活動しています。進んだ海外の知見をどうやって日本に取り入れるかということも今後の課題でしょう。


[おわりに]

 現在、私はアルコール依存症専門病院でケースワーカーという立場で仕事をしています。
ここでは、アルコール依存症の親のいる家庭に生まれ、子どもの頃に性的虐待をうけた人や、性暴力被害から数年を経て、現在はアルコ−ル依存症・摂食障害・薬物依存症などの合併症をもつ人、言いかえれば性暴力後のPTSDに苦しむ人が多くいます。私は日々の業務を通じてそれらの人々に安全な場所を提供できるように努力しています。 
 性暴力被害者援助に興味をもって6年が過ぎました。何もわからなかった当時から振り返ってみると、援助の秘訣は、みずからの心身の健康を損ねないよう、自分の限界を知って、がんばり過ぎず、ほどほどに暮らすことがこの領域を長く続けるコツのようです。


[引用・参考文献]

1) 板垣喜代子: 性暴力被害者に二次被害をもたらす要因の研究 - I 県内の医療従事者の実態調査から-,
   日本被害者学会第11回学術大会レジュメ集, 5-6, 2000.
2) 警察庁刑事局捜査第一課監修, 警察庁性犯罪捜査研究会編著:性犯罪被害者対応ハンドブック
   ―性犯罪被害の発生・届出そのときのために―, 2 , 立花書房, 1999.  
3) 諸澤英道:新版被害者学入門, 成文堂,1998.
4) 諸澤英道編:トラウマから回復するために, 講談社 ,1999. 
5) 厚生省健康政策局看護課監修 : 看護六法,優生保護法の施行について, 第二・ 人工妊娠中絶について, 新日本法規,1995.
6) Burgess,A.W.&Holmstrom,L.L.:Rape trauma syndrome , American Journal of Psychiatry, 131 981-86 , 1974.
7) ジュディス・L・ハ−マン,中井久夫訳 : 心的外傷と回復,みすず書房,1996.
8) The International Association of Forensic Nurses : IAFN入会案内 . IAFN. 2000.


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AKH 文責:板垣喜代子(いたがききよこ):赤城高原ホスピタルケースワーカー, 看護婦
  (上記の論文は看護学雑誌-医学書院,64, 1226-1133, 2000に収載されています) 


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